SNS時代の君が代論争を眺めて。
Xで、君が代斉唱を拒否した共産党の議員さんが叩かれていました。
私は共産党支持者ではありませんが、なんだかなぁという感じです。
今回は、君が代というこの国の国歌について、思うトコロを書いてみたいと思います。
公共の福祉の、とんでも理論に愕然としました。
君が代斉唱を拒否した共産党の議員さんが、Xで叩かれていました。
消防出初式でのコトで、火をつけたのは有名な奈良の元迷惑系ユーチューバーとの由。
ここまでならXあるあるというコトで、いまさら驚くまででもありません。
左翼叩きの格好のネタにネトウヨが大悦びという、Xでよく見かける風景ですね。

しかし、この国歌斉唱拒否に対して、公共の福祉を持ち出す輩がいるコトには驚きました。
しかも、それが現職の県会議員というのが凄すぎです。
憲法で定める公共の福祉とは、端的に他人の迷惑になるコトをしてはいけないというモノです。
要は、この国は自由が前提とはいえ、時と場合によっては制限をかけますというコトなのですね。
具体的には、無免許で医療行為ができないとか、禁煙エリアで煙草が吸えないなどになります。
さて、それでは国歌斉唱をしないコトは、なにか他人の迷惑になるような行為なのでしょうか?
これについては本当に瞬殺なのですが、しかし当の県会議員は瞬殺された自覚もないようです。
マジメに、世も末だと思いましたね。
君が代の解釈も様々で、カルチャーショックを受けました。
Xを眺めていると、君が代の解釈もいろいろでおもしろいですね。
中には、君を【あなた】と解釈している人がいて、カルチャーショックを受けました。
君が代を熱く語るのは構いませんが、あまりにも前提が違い過ぎてなんだかです。
もちろん、定説からいけば、君が代の君は天皇のコトになります。
これを知らずして君が代を騙るのは、さすがに片手落ち過ぎると思いますね。
天皇の世が、さざれ石が巌となって苔が生すまで長く続きますように。
額面通りに解釈すればなんのことはない、君が代は天皇崇拝の歌なのです。

ですから、共産党員が斉唱を拒否するのも、ある意味当たり前なのですね。
なぜなら、あの人たちは天皇制廃止の立場ですからね。
ちなみに、現憲法下で天皇は日本国の象徴です。
であれば、君が代の君は日本国と解釈するのもアリかもしれません。
その解釈なら、日本国が長く続きますようにとなりますから、誰も文句はないでしょう。
国歌とはいえ所詮は【歌】なのですから、その解釈など気楽に考えればよいと思います。
斉唱派と拒否派の間に横たわる深い溝。
個人的に、君が代斉唱派は、クラスの輪の中心にいるような連中といった感じがします。
逆に拒否派は、そのような輪から距離を取るような輩ですね。
みんなで〇〇を歌おうと盛り上がっているときに、斜に構えて微妙に協調しないヤツ。
たぶん、斉唱派から見える拒否派というのは、こんな感じなのだろうと思います。
もちろん、拒否派は拒否派で縛られるのが大嫌いな自由人ですから、この両者は相容れません。
斉唱絶対派と拒否容認派のやり取りが感情的になりやすいのは、これが原因だと推察しますね。

ただ、一つ言えるのは、現実の世の中は学校のクラスではないというコトです。
先ほどの共産党員の件といい、人の数だけ立場や都合がありますからね。
ですから、国歌斉唱を拒否する姿勢を尊重しつつ、式典に参列いただいたコトに感謝する。
これが、ごく普通の常識人がとるべき、大人の姿勢だと思います。
なお、私自身は、君が代は気が向いたら歌うスタイルですね。
そして、たかが【歌】に規制がや強制がかけられる社会など、まっぴらゴメンのスタンスです。
国歌を歌って世の中がよくなるのなら、誰も苦労はしません。
それよりも、相手の主張や立場をおもんばかれる姿勢が、社会にとって大切だと思います。



ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません