核武装論は、死者の沈黙に甘えている。

2026年1月31日

前の記事で、核武装は抑止力にならないことを書きました。
それでは、戦争を抑止するモノは何なのでしょうか?
今回は、そのあたりについて書いてみたいと思います。

核武装に抑止力はありません。

XなどのSNSには、抑止力についてのいろいろな意見が投稿されています。
戦後80年間、日本が戦火に巻き込まれなかった理由についても、喧々諤々ですね。
平和憲法のおかげだという意見もあれば、アメリカの核の傘という主張もあります。
パッと見はどれもそれっぽくて、何が本当なのかよくわからないのが現状ですね。

核の抑止力については、確かに冷戦時代は働いていたのかもしれません。
米ソの超大国間にはそれが強く働いていて、世界的な核戦争がなかった側面はあると思います。
とはいえ、それが絶対的ではないのは、前の記事で述べたとおりですね。
いくら核武装したトコロで撃たれるときは撃たれますから、そこにあまり意味はないのです。

平和憲法は抑止力になるのか。

それでは、平和憲法は抑止力になるのでしょうか?
Xなどには、ミサイルが撃ち込まれても平和憲法は何も守ってくれないという投稿があります。
もちろん、それはその通りですが、ただ、この論は前提条件が間違っていますね。

元々、平和憲法はミサイルを撃ち込まれないようにするためのモノです。
撃ち込まれるような状況下で平和憲法が無意味なのは、これは自明のコトですね。
そして、それを言い出したら、核武装もとどのつまりは同じという結論です。
再三述べている通り、核武装すれば撃ち込まれない保証など、どこにもないのですからね。

となると、世の中には戦争抑止力になるようなモノはないのでしょうか?
私は、そんなコトはないと思います。
平和憲法を信じ、その実現を目指す姿勢ことが、抑止力になるのだと思います。

悲惨な戦争体験こそが、戦争の抑止力になります。

私が子どもだった昭和のころ、再軍備を語るコトはタブーでした。
ましてや、平和憲法改正や核武装を主張するのは、ほとんど犯罪行為でしたね。
自衛隊も、ぶっちゃけあまり良い職業ではないと思われていた側面すらありました。

それではなぜ、当時は再軍備を語るコトなどがタブーだったのでしょう。
それは、リアルな戦争体験者が、世の中にたくさんいたからだと思いますね。

私が子どもだった時代、40~50代以上の人たちは、ほぼ全員がリアルな戦争体験者でした。
そして、あの辛酸極まる戦時を肌で知るがゆえに、彼らは無条件で平和憲法を支持したのですね。
結局、先の大戦における凄惨な戦争体験こそが、戦後の戦争抑止力の正体なのだと思います。

ところが、この抑止力、昨今は平和ボケの連中が増えて弱体化しているように感じられます。
これは、とても危険なコトですね。

平和憲法は、アメリカから押し付けられたプロパガンダなどではありません。
あれば、地獄を知る者たちの、魂の叫びと鎮魂の結晶なのです。
改憲や核武装を騙る輩には、もうすこしそのあたりに思いを馳せてもらいたいと思いますね。