浪江にドライブにいってきました。
夏休みの終わりに、福島の浪江までドライブにいきました。
目的は浪江焼きそば、あいかわらずとてもおいしいです。
そして、震災遺構を見学して、今回もいろいろと考えさせられました。
福島の浪江まで、焼きそばを食べにいってきました。
夏休みの終わりに、福島の浪江までドライブにいってきました。
配偶者が突然、浪江焼そばを食べたくなったのがドライブの理由です。
お昼前までにはたどり着こうと、朝の9時に自宅を出発しました。
高速を東進して、村田ICから角田、丸森と抜けて、R113を東に進みます。
道中のコンビニで、立派なカマキリにスネをよじ登られてびっくりしました。

相馬から再び高速で、浪江には2時間ほどで到着です。
道の駅なみえの浪江焼そば、やはり超絶絶品ですね。
B級焼きそばは全国に数あれど、個人的にはここの焼きそばが一番おいしいと思います。

セットのしらす丼も、めちゃくちゃおいしいです。
マジメに、自宅から2時間かけて来るだけの価値があると思いますね。
今回も家族みんなで大満足、とても幸せな気持ちになりました。
震災以降に立ち寄ってみました。
焼きそばを堪能した時点で、時計の針はまだ12時をすこし過ぎたトコロです。
このあとは、福島市の息子のアパート経由で帰る予定ですが、時間がかなりあります。
そこで、クルマで10分ほどの震災遺構にいってみることにしました。
その震災遺構は、元浪江町立請戸小学校です。
小学校は、海のすぐ近くにありました。

あの日、津波は2階の床まで届いたそうです。

朽ち果てたパソコンに、あの日、あの時が偲ばれますね。

この小学校がすごいのは、これだけの津波に襲われながら死者がひとりもいなかったことです。
請戸の集落では150名を超える死者・行方不明者が出たのに、これはある意味奇跡ですね。
決死の逃避行に息をのみました。
遺構では、順路に沿って避難の様子が紹介されています。
地震発生から10分後には、残っていた児童全員で避難を開始。
最後に、教頭先生が学校を出たその数分後に、津波がやってきたとのこと。
正に、間一髪の逃避行だったようですね。

小学二年生も含めた児童84名が、1.5km先の大平山を目指しました。
寒かったろうに怖かったろうに、でも、全員逃げ切れたのは本当にすごいと思います。
最後は、通りがかった大型トラックの荷台に乗って避難所の役場までたどりたどり着きました。
ここまでくると、もはや映画の世界ですね。

ということで、これはかなりの成功事例だと思います。
そして、どうしても石巻の大川小学校と比べてしまいますね。
ここは、海がとても近いことが、逆に幸いしたのでしょう。
このあたりはもう何とも、運なのかなと思いますね。
この小学校にも、家族を津波で失った児童が何人かいるようです。
そして、まもなく福島原発がおかしくなってしまって、結局はたいへんなことになるのですね。
二階の窓からは海と、そして福島第一原発が見えます。
震災前は、本当に良いトコロだったのでしょう。

今回も、いろいろと考えさせられるドライブでした。
そして、とてもおいしい浪江焼そばが、ささやかな癒しのように感じられます。
また、浪江焼きそば、食べにいきたいですね。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません