金持ちが言うなの正体 – 上野千鶴子叩きの後味の悪さ

Xを眺めていたら、上野千鶴子さんは不誠実という投稿が流れてきました。
とんだやっかみさんもいるモノだと思いましたが、思いの外多勢なのに驚きです。
どうやら、昨今の貧しさは、経済以前に精神的なトコロのようですね。

やっかみ投稿への引用に、4.1万の表示です。

Xを眺めていたら、上野千鶴子さんは不誠実という投稿が流れてきました。
その内容は、以下の通りです。

まあ、みんなで貧しくなろうの上野千鶴子がタワマンだったり、脱成長の内田樹が豪邸(だって、道場併設でしょ?)だったり、こういうのは不誠実としか言えないでしょ? 豪邸に住んでもいいのよ。全然構わない。だったら脱成長だの貧しくなろうだの言うなって話。金持ちがそれを言うほど醜いことはない

ものすごいやっかみを投稿する人が世の中にはいるモノだと、直感的にそう思いましたね。
もちろん、人間ですから、時には他人をやっかむコトもあるでしょう。
ただ、そのような醜態を世間に晒せる根性が、なんとも後味が悪いのでした。

というコトで、その旨を引用ツイートしたら、翌日から表示数が爆上がりでびっくりです。
私のツイートを批判、反論する返信や引用も、10個ぐらいつきましたかね。
いったい、これは何なのだろうと、すこし考察してみました。

逆説で思考実験すれば、やっかみなのは一目瞭然です。

批判や反論の主なトコロは、上野千鶴子さんは言行不一致で不誠実というモノでした。
これも、ハッキリ言って意味不明な戯言なのですが、しかし多くの人は納得しているようです。
ということで、ここですこし思考実験をしてみたいと思います。

たとえば、もし上野さんが貧乏なら、この貧乏になろうは誠実な主張になるのでしょうか?
あるいは、上野さんが私財を投げ打てば誠実だと、その言行に満足するのですか?
いや、だとしても、これが特段誠実な主張や言行になるとは思えません。
貧乏が嫌な人にとっては、やるのは勝手だけど他人を巻き込むなという話になりますからね。

ということで、元々は誠実でも不誠実でもない、単なる一社会学者の一提言なのです。
ところが、これを金持ちが言うから不誠実だは、どう考えてもただのやっかみなのですね。
要は、金に困らず優雅な生活をしている上野さんはズルい、羨ましいといってるだけなのです。
ただ、それではあまりにも露骨なので、不誠実などという言葉でごまかしているのですね。

精神的に貧しくて不誠実な人が多い現実に幻滅します。

よくよく読むと、元スレは欺瞞の塊であるコトがわかります。
豪邸に住んでもいいと予防線を張り、不誠実という言葉で非が上野さんにあるように見せかける。
なんとも、姑息なやり口ですし、これを無意識でやっているのならタチが悪すぎますね。
しかも、それで愚者を煽り誠実な提言を潰すに至っては、社会悪といっても過言ではありません。

そもそも、上野さんの論旨は、GDPばかり追いかけるようなコトはやめようです。
その過程で、多少世の中が貧しくなってもよいのではと言っているのですね。

もちろん、弱者救済についても言及されていますし、これが特別に不誠実な主張とは思えません。
それをここまで曲解するというのは、これはもうヘイト以外の何物でもないですね。

また、上野さんのタワマンは武蔵野のタワマン、山荘は亡くなった旦那さんの持ち家。
BMWに至っては15年落ちのZ4というコトで、それほど豪華な暮らしというワケでもありません。
それを、上野憎しと誇張までして貶めるのですから、まったく不誠実はどちらなのでしょう。
本当に、精神的に貧しいのだと思いますね。

なお、個人的見解では、精神的貧者が妄想するほど、上野さんは資産家ではないと推察します。
たぶん、宵越しの銭は持たないタイプ、自由人として同じ波長を感じますね。
つまりは、真の豊かさを知っている人なのでしょう。
そのような意味では素直に羨ましいし、すこしでも彼女に近づきたいと願うばかりですね。