秋の米沢に、上杉謙信の祈りをたずねて。

米沢博物館で開催されている、上杉謙信の祈りと信仰展をみてきました。
この博物館には何回か足を運んでいますが、謙信の展示を見るのははじめてです。
秋真っ盛りの米沢で、460年前の伝説の武将を感じてきました。

謙信の展示を見るのははじめてです。

米沢博物館で開催されている、上杉謙信の祈りと信仰展をみてきました。
この博物館には、これまでも足を運んでいます。
戦国時代や鷹山、そして幕末期など、さまざまな時代の展示をみてきました。
ところが、上杉家の家祖である謙信の展示は、今回がはじめてなのでした。

展示室には、謙信が愛用した数珠や仏具、太刀などが展示されています。
どれもこれも、これまでの展示品と比べて、とても朴訥としていましたね。
なるほど、謙信が活躍した時代はこんな感じだったのかと、その認識を新たにしました。

中世から近代への狭間を感じました。

謙信が活躍した1560年代は、まだまだ祈りと信仰の時代だったようです。
戦と祈祷は表裏一体で、願掛けもまた、戦いのウチという感じだったのですね。
ここから20年後の信長の時代になると、状況は一気に近代化します。
戦を含め、モノの考え方自体が、とてもドライで合理的になるのですね。

このあたりのコトは、現代も同じなのかもしれません。
感覚と経験の1960年代に対して、1980年代以降は一気にシステマティックになります。
あらためて、時代は巡り、繰り返すモノだと思いました。

ひさしぶりに、上杉神社を参拝しました。

謙信は、武将であるとともに、真言宗の僧侶でもあったのですね。
博物館には、古い経典が展示されていました。
あの経典を、謙信はどれだけ読み込んだのでしょうか。
勇敢な武将であると同時に、高い教養を持つ文化人であったことが伺えました。

その後、謙信は上杉家のバックボーンになります。
上杉城址内に、彼を祀った御堂跡があるということで、立ち寄ってみました。

御堂跡は、神社に入ってすぐの左側にあります。
こじんまりとした御堂跡の高台から、米沢の街を眺めることができました。
越後から会津、そして米沢へと、謙信の魂はなにを思ったでしょう。
そんなことをつらつらと考えながら、肌寒くなった境内を配偶者とそぞろ歩くのでした。