男はつらいよ お帰り寅さん【映画レビュー】

満男ファンにはたまらない良作。
山田監督の映画は、やはり好きです。
笑って泣いて、心スッキリしました。

映画館で寅さんを観るのは初めてでした。

シリーズ50作目になるという、男はつらいよ お帰り寅さんを観てきました。
この映画、数か月前に予告を観た時から楽しみにしていた作品です。

ちなみに、私は寅さんフリークではありません。
どちらかというと、作品自体はあまり観てはいない方です。

もちろんこのシリーズ、喜劇映画としてはとてもよくできていると思います。
渥美清さん演じる寅さんの口上など、とても面白いし笑えます。

ただ、あの様式化された部分や、あまりにもの昭和感が、ちょっと苦手なのです。
なので、お正月に映画館まで足を運んで鑑賞するほどではありませんでした。
寅さんは、ファンである母親が借りてきたDVDを、端から斜め見するという感じでした。

寅さんとは別に、山田監督のたそがれ清兵衛や学校シリーズには、深く感銘を受けました。
あの安心して鑑賞できる雰囲気と、そこに満ち溢れる人情と良心がたまりません。
そんな経緯もあり、今回この映画を観てみたいと思ったのでした。

満男と泉の、それからのお話です。

映画の主役は満男です。
なので、渥美さんを期待している人は、ちょっと期待外れかもしれません。

でも、シリーズ終盤の実質的な主役は満男でしたからね。
そう考えると、50作全てを通した流れとしては自然のようにも思います。

2019年の現在、満男は小説家になっています。
遅咲きとのことですが、本はそこそこ売れているようです。
決してしっかり者ではなかった満男にしては大出世じゃないか!?
そんな想いで、物語は始まります。

満男の夢で映画が始まるのは、これまでの作品へのオマージュですね。
桑田佳祐のオープニングソングには批判も多いですが、私はアリだと思います。
上手だけど、やはり少しの違和感。
そこに22年の月日を感じ、最初からちょっと郷愁です。

満男は6年前に奥さんを病気で亡くし、今は高1の娘と二人で暮らしています。
とても素直でいい娘ですが、それ以上に満男が素敵な父親です。
あの満男がホントいい男になったなぁと、のっけからしみじみさせられます。

実は私、寅さんレギュラーでは満男が好きなんですよね。
期待の割にはいまひとつパッとしない満男は、どこか寅さん的な雰囲気を持っています。
そしてそんな彼は、親族から疎まれることも多い寅さんを、素直に慕うのですよね。

親子ほど近くはなく、かといって他人でもない。
この伯父と甥の絶妙な距離感が、実にリアルです。
満男は、実父である博より叔父の寅さんの方が話しやすい。
人生に迷ったときは、いろいろな相談を寅さんにもちかけます。
そして、寅さんも全力でそれに応えます。
この二人の関係が、なんとも味わい深くてほのぼのしてしまうのですね。

そんな満男フリークにとって、本作はとても満足できる作品でした。

満男は、寅さん美学の継承者。

物語は、満男の奥さんの法事のシーンから始まります。
柴又のくるまやに、レギュラーの面々が集まってきます。

まずは、博とさくらのエージングに涙ですね。
この夫婦、確かにこんな風に年輪を重ねるだろうなぁって感じです。
特に、ちょっと丸くなった博が秀逸です。
彼はどこか屈折したところがあるキャラでしたから、その好々爺ぶりが実にナイスでした。

法事の席で、満男は和歌山からでてきたお姑さんに再婚を進められてキレます。
奥さんが亡くなって6年、まだ傷か癒えていないのでしょう。
ちょっと気難しいキャラも、中年満男の雰囲気にピッタリでリアルです。

そんな彼のところに、ひょんなことで泉が現れます。
泉は、今や国連でバリバリ働くキャリアウーマンです。
世界中を飛び回っている彼女が日本に出張、書店でサイン会をしていた満男と出会います。
映画は、そんな二人が再会してからの3日間のお話になります。

銀座の書店で再会した二人は、神保町のリリーさんのお店に行ったりします。
そのあとは、柴又のくるまやで博やさくらと晩御飯を食べたり。
そんな楽しいシーンが、寅さんの回想シーンを織り交ぜながら続いていきます。

しかし、そんな泉も家庭崩壊という闇を抱えているのですね。
二日目以降、その闇に直面して苦悩する泉を満男は優しく、そして逞しくフォローします。
そして、その優しさと逞しさは、寅さんの美学がベースになっているのですね。

そもそも、満男と泉は、お互い惹かれあいながら結ばれなかった仲です。
人生は常々ままならず、すでに二人はその運命を受け入れています。
それはまるで、マドンナにフラれ続ける現実を淡々と受け入れていた寅さんのように。

空港で切ないキスをして、また二人は別れます。
ラストシーン、満男の娘の「おかえり、お父さん」のセリフで満男と泉との三日間は終わりを告げ、 そして、またそれぞれの日常がリスタートするところで物語は終わります。

喜劇と悲劇は紙一重。

常々、山田監督は、喜劇と悲劇は紙一重と仰っています。
確かに、みんなが笑うスクリーンの中の出来事は、寅さんにとっては悲劇です。
そんな悲劇を笑いで伝えるという山田監督の哲学が、この作品にも貫かれています。

かつての作品のように、寅さんの名調子が楽しめるワケではないけれど。
でも、この作品はそんなシリーズの哲学が、一番色濃く描かれているように感じました。
正に、【男はつらいよ 】の面目躍如です。

回想シーンで、満男が寅さんに「人間は何のために生きているのだろう?」と尋ねます。
それに対して寅さんが、「 なんかさ、生まれて来てよかったと思うことが、こうたまにあるじゃない。そのために人間は生きてんじゃねぇのか。」って答えます。
酸いも甘いも知り尽くした寅さんの、珠玉のセリフです。

この歳になって、私もそう思うばかりです。
人生、ホントいろいろありますけれど。
ただただ、その時々の微分値である幸せを糧に生き続けるだけですね。

馬鹿やって、みんなを笑わす寅さんも好きですけど。
こんな、金八先生的な寅さんも、存外に好きだったりします。
久しぶりに心がリフレッシュされる、とてもいい映画でした。