製造業について思うこと
30年近く、製造業の世界にいました。
大企業の生産ラインから町工場まで、いろいろな製造現場をみてきました。
3Kで稼げない業界ともいわれますが、私は好きですね。
そんな私が感じる、製造業の実像と想いを書いてみたいと思います。
町工場のすごさが、製造業の本質ではない。
下町ロケットという小説があります。
あの半沢直樹を書いた池井戸潤さんの作品ですね。
TBSの日曜劇場でドラマ化もされた、有名なお話です。
卓越した技術力をもつ町工場が、大企業と丁々発止のバトルを繰り広げる物語です。
弱者が、知恵と工夫と情熱で強者と渡り合う姿は、みていて痛快ですね。
そして、町工場にはすごい技術力があるというイメージを持たれた方も多いと思います。
実際に、神業的な技術力を持つ町工場は存在します。
たとえば、こちらのへら加工技術ですね。
ロケットで使われる部品を、職人の腕一本で絞り出していきます。
まさにリアル下町ロケット、テレビでも何度か取り上げられていましたね。
また、マジックメタルという技術もあります。
新潟にある金型メーカーの、3/1000の加工技術を応用したパフォーマンスです。
確かに、思わず唸ってしまうような技術力ですね。
でも、このような神業的な職人技は、実は町工場の専売特許ではありません。
現実には、大企業の製造現場にも、地味に存在していたりします。
たとえば、神の耳を持つというこちらのマイスターさんは、東北パイオニアの社員でした。
また、自動車の検査工程で塗装の傷をチェックする検査員のスキルも神業レベルです。
そもそも、職人技というのは、身近に存在するモノです。
たとえば、床屋さんや美容師さん、巨大タンクローリーを器用に横付けする運転手さん。
倉庫や工場の、熟練フォークリフトオペレーターの技も素晴らしいですね。
そして、私のオペレータースキルも、もしかすると職人技かもしれません。
結局、経験を積めば、誰でもそれなりの技を身につけることができるということです。
もちろん、上述のへら加工や3/1000の切削技術は、とても素晴らしいモノではありますけど。
でも、製造業の本質は、そこではないと思うのですよね。
本当に難しいのは、フラットな品質でたくさん作ること。
実は、製造業の本質は、製品精度の高さよりも大量生産の部分にあります。
要は、3/1000を1個作るよりも1/100を1万個作る方が、はるかに難しいのですね。
そして、部品数が多い製品は、その難しさに拍車がかかります。
たとえば、部品数が3万個の自動車は、29,999の部品が良品でも1つが不良なら不良ですね。
そう考えれば、自動車メーカーがどれだけ難しいことをしているのかが分かると思います。
また、大量生産のためには、いかに作りやすくするのかという工夫も必要ですね。
具体的には、接着よりネジ、ネジよりはめ込みといった感じです。
もちろん、はめ込みだからといって、すぐに外れていいワケではありません。
はめ込みでも接着と同レベルといったミラクルが求められます。
また、安易に部品精度を上げるのもご法度です。
逆に、1/100が必要なところを1/10で実現しなくてはいけません。
そのような立場からすると、3/1000がOKな環境は、とても羨ましいですね。
ということで、完成品を大量生産するメーカーにもまた、独自の技術があるということです。
つまり、日本のものづくりは、いろいろなメーカーの協業で実現しているのですね。
製造業を考えるにあたり、ここを見間違うと、おかしな理解になってしまうと思います。
製造業の王者は、自動車メーカーです。
いずれにしても、フラットな品質でモノを大量に作るのは、かんたんなことではありません。
そして、製造業の王者は、やはり自動車メーカーだと思いますね。
まず、自動車のような乗り物は、常に振動や衝撃にさらされます。
屋外で使用するモノですから、防水や温度変化も考えなくてはいけません。
また、他の工業製品とは別次元の安全性が求められます。
そして、一品モノの航空機や船舶、鉄道車両と違って、自動車は大量生産です。
家電製品と違い、自動車はエンジンのような部品ひとつとっても、大きくて重たいですね。
そのようなモノをベルトコンベヤーで流して組み立てるのですから、恐れ入るばかりです。
さらに、自動車はパーソナルなモノなので、製品仕様も一律ではありません。
たとえば、トヨタヤリスのカラーバリエーションは、18色もあったりします。
基本的に、塗装で色を変えるときは、道具を全部洗い直す必要がありますね。
それを、流れ作業の大量生産の中で、どのように実現しているのでしょう。
このようなところひとつとっても、自動車製造は神業の集積ですね。
しかも、自動車は数年おきにモデルチェンジです。
そう考えると、自動車メーカーの技術というのは、本当にすごいですね。
正直、へら加工や3/1000の切削精度の比ではないのではと思います。
そして、そんな自動車の仕事は、ぶっちゃけ面倒くさいばかりで儲かりません。
ということで、町工場の真価は、自動車メーカーと取引があるかどうかなのではと思います。
つまり、難しい自動車の仕事ができるところが、本当に力のある町工場ということですね。
キャッチアップされる製造業。
ちなみに、私は工学部の機械工学科を卒業しています。
就職のとき、自動車よりも電気機器メーカーの方がいいよと、先輩から言われました。
なぜなら、同じ技術職でも、電気機器のほうが仕事が楽だからです。
そんな電気機器業界は、いまや中国など新興国からキャッチアップされてしまいまいた。
作るのがかんたんなので、すぐに追いつかれてしまったのですね。
そして、作るのが難しい自動車産業は、やはり強いです。
ものづくりオワコンの欧米にも、まだ自動車産業が残っているのはこれが理由でしょう。
日本は、終戦後の徹底した保護政策により、なんとかキャッチアップができました。
しかし、そんな孤高の牙城だった自動車産業も、時代の転換期にきていますね。
まず、EV化で、自動車の部品数は、約1万点にまで減ると言われています。
また、部品も小さく軽くなるので、取り扱いも楽になるでしょう。
さらに、自動運転が普及して家電化すると、カラーバリエーションも不要になります。
つまり、自動車はいまよりはるかに作りやすくなるのですね。
そして、それは新興国にキャッチアップされやすくなることを意味します。
ということで、自動車メーカーが王者でいられるのも、あと少しのことのかもしれません。
現に、各社はいろいろな施策を始めています。
たとえば、トヨタは富士の裾野に街を作ろうとしていますね。
正直、トヨタが街を作るといっても、ピンとこないところもありますけど。
たぶん、当のトヨタも、暗中模索の状態なのだと思います。
でも、斜陽だとしても、私は製造業が好きですね。
製造業には、イノベーションをダイレクトに感じる喜びがあります。
機械油の匂いがする工場などに足を踏み入れると、いまでもワクワクしますね。
この先、王者トヨタを筆頭に、製造業はますます混迷の時代になるのでしょう。
ただ、あのレクサスを成功させたトヨタの実行力です。
どのような展開になるのか、今後も注視していきたいと思いますね。