昔のオートバイ雑誌を読んでみました。

43年前のオートバイ雑誌を読んでみました。
この雑誌が発売されたころ、私はまだ中学二年生です。
当時はとてもおもしろく、心躍らせながら読み耽ったモノでした。
それでは、43年後に再読しての感想を書いてみたいと思います。

43年前の月刊オートバイを読んでみました。

最近、ガンマを触っているからなのか、妙に1980年代が懐かしいです。
あのころの空気感に触れてみたくなり、当時の雑誌を探してみました。
ヤフオクを覗くとさすがというか、当時の雑誌が出品されています。
さっそく、月刊オートバイの1981年10月号を落札してみました。

この1981年の10月号は、思い出深い一冊です。
この号には、今でもよく覚えてるオートバイの対決記事が掲載されているのですね。
43年ぶりに手にして、果たしてどんな感想なのかとワクワクしながらページをめくりました。

一番最初の広告は、ヤマハのXJ400Dです。
まずは、写真のうつくしさににおどろきましたね。

そしてコピーがまた、キザったらしくも琴線に触れます。

その一台は、さまざまなRをもつカーブを、きれいにこなしながら、峠を登ってきた。バンク角は、かなり深い。美しいマルチサウンドが響いてくる。やがて、目の前を通り過ぎると、彼は速度を落とし、マシンを止めた。ブラックコーティングされたエンジンは、いささかの呼吸の乱れも見せていない。ライダーは、ひとつ大きな深呼吸をし、こちらへ会釈を送ると、再びアクセルを開いた。4本マフラーの後ろ姿が、鮮烈なイメージを残して点になった。

この写真とコピーで、東北の片田舎の中学生は、オートバイに夢中になったのでした。
広告といえば、裏表紙のCB750Customの写真もメチャクチャ格好いいです。

当時はこの写真にほれ込んで、乗りたいBikeの筆頭はCB750Customでした。
いずれにしても、当時のオートバイ業界の気合が、広告からもヒシヒシと感じられますね。

不適切表現のオンパレードです。

懐かしい気持ちで読み進めると、まずは不適切表現が多くて苦笑しました。
バカチョンカメラやピーマンライダーなど、まさに昭和という感じです。
もちろん、不適切コーナーの筆頭である、「俺達のサーキット」も健在でした。
とはいえ、当時はまだレプリカブーム前夜ですので、内容的にはまだまだ大人しいですね。

読者からの投稿に対するダメ出しもすごいです。
俺達のサーキットには、「こりゃもうツーリングだね」と、こき下ろされている人がいました。
愛車紹介でアンチノーズダイブに不満を述べている人には、乗り方の問題だと容赦ありません。
お行儀のよい現代ではありえないコメントに、あらためてこの時代の空気感を感じますね。

43年ぶりに再読したかったのは、このCB1100RとGSX1100カタナの対決記事でした。
当時中学二年生だった私は、この記事にとても心が躍ったのですね。

43年ぶりに読んでみると、やはり内容が浅く感じられました。
ぶっちゃけ、田舎の中学生が読むのにちょうどいい感じですね。
ただ、実際にカタナに乗っていた身として、書いてあることは正しいと思います。
「カタナはストリートマシン」という評価は的確で、これには感心しましたね。

読み応えのある記事もあります。

ということで、今になってみると微妙なトコロも目につきますが、読み応えのある記事もあります。
たとえば、賀曽利隆さんの新・峠越えは、すばらしいの一言ですね。

中学生のころは、この賀曽利さんの行動原理が、まったく理解できませんでした。
しかし、43年経った今は、この記事の魅力がとてもよくわかります。
この連載のよさがわかるようになった自分に、ちょっとしみじみとしてしまいました。

それにしても、賀曽利さんはタフでおもしろい人ですね。
ネットで調べると、オートバイで五大陸を制覇した鉄人なのには驚きました。
もっと詳しく知りたくて、彼の本をAmazonで購入してしまいましたね。

FISCOでの読者大会や、富良野でのラリー(ミーティング)の記事もおもしろいです。

富良野には、大正14年生まれ、御年64歳のホークⅡ乗りが参加していました。
いつの時代にも、ロングライダーはいるのですね。
結局のトコロ、時代が変われど変わらないモノも確かにあるという感じでしょうか。
というか、変わったのは私自身の方かもしれませんね。

いずれにしても、昔の雑誌はその当時の空気感が感じられておもしろいです。
そして、紙媒体ゆえに、このように残っているのも貴重なことだと思いました。
これに対して、かつての2ちゃんねるやYahoo!掲示板などは、完全になくなっていますからね。
今後、電子化されたカルチャーの保存については、本気で考えなければいけないと思います。