戦争は絶対反対

ウクライナに対して、ロシアが侵略戦争を始めましたね。
いかなる理由があったとしても、戦争は絶対反対です。
そして、こんなことを始めるヤツは、絶対に許せないし許しません。

戦争とはすなわち、殺し合いです。

ウクライナに対して、ロシアが侵略戦争を始めました。
この21世紀に武力で領土侵略などあり得ないと思っていたので驚愕ですね。
しかも、大国ロシアがこんなことをしでかすなど、あってはならない話です。

戦争というのはすなわち、殺し合いです。
話し合いではなくて殺し合いで政治的課題を解決する、これが戦争の本質ですね。
よって、こんなことを始めるヤツは人殺しだと思っています。

それにしても、他国内で自国民が虐待されているなどと難癖をつけて開戦するとは。
もはや、やっていることが100年前ですね。
ロシアという国は、価値観がニコライ二世の時代で止まっているのでしょうか?
いまどき、こんなことをしても何のメリットもない思うのですけどね。

というか、メリットどころかデメリットの方が大きすぎます。
もし、戦局が泥沼化したら、ロシアはとんでもない重荷を背負いこむことになりますからね。
あのプーチンというジジイは、その辺りのことをキチンと理解しているのでしょうか?
私からすれば、もはや狂っているようにしか思えません。

本件については、「プーチン、死ねばいいのに。」のひと言に尽きます。
本当に、それ以上でも以下でもないですね。

アメリカもNATOも関係ありません。

弱腰のアメリカやNATOの譲歩しない姿勢を問題視する、訳知り顔の識者も散見します。
でも、誰がどう考えても、アメリカやNATOは無関係ですよね。
正直、これらの論点は、いま起きている悲劇に対して何の意味も持たないと思います。
本件は単純に、プーチンがウクライナを奪いたくてやっていると理解するのが正しいですね。

アメリカもNATOも、あるいは大義名分であるウクライナ国内でのロシア人虐殺も。
すべては、今回の蛮行に対するプーチンの醜いエクスキューズに過ぎません。
こんなことをいくら論じたところで、ただの時間の無駄ですね。

本件について、諸悪の根源はプーチンただ一人です。
ぶっちゃけ、戦略的センスにかけた朦朧が、妙な被害妄想に囚われているだけなのでしょう。
ヤツは、この戦争を始めるにあたって論文まで書いたとの由、なんともヒマなジジイですね。
心底、早く死ねばいいのにと、そう強く思うばかりです。

ちなみに、プーチン、死ねばいいのにをTwitterで連投したらアカウントがロックされました。
プーチンがこんなことで精神を病むとも思えないのですが、なんとも画一的な対応ですね。
本当に、ネットの世界もつまらなくなったモノだと思います。

もちろん、Twitterの運営にケチをつけても、そこにはなんの意味もありません。
所詮は、他人のふんどしですからね。
ということで、プーチンに対する悪態は、このブログでつき続けたいと思います。

なお、こんな悪態は稚拙な感情論と思う人もいるかもしれませんが、私は全然気にしません。
なぜなら、古今東西世の中とは、好きか嫌いかの感情で動いているモノですから。
この悪態が、この戦争に対して私が取れる最善の抗議活動だと思っています。

武力抗戦には反対です。

ということで、プーチンは事故でも病気でもなんでもいいので今すぐ死ねばいいのですが。
ただ、だからといってロシアの侵攻に武力抗戦せよとは、口が裂けても言いたくありません。
感情に任せて武力抗戦を唱えてしまっては、これではプーチンと同じ穴の狢です。

もちろん、武力には武力で抗わざるを得ない現実は理解します。
それでも、戦争反対の理念を掲げる以上、武力による抗戦もやめてほしいですね。
結局のところ、それもまた殺し合いなのですから。

今回、私は微力ですがウクライナに大使館経由で資金援助させていただきました。
ただ、これとて武器の購入などにはあてて欲しくないです。
あくまで、戦後復興の一助になればとの想いですね。
一刻も早くプーチンが死んで、ウクライナに平和が訪れることを祈るばかりです。

日本が侵略されたらという話。

ネットには、本件に便乗して日本のことをあれこれ述べる輩も散見されます。
このあたりも、本当に理解に苦しみますね。
このような輩こそ、ウクライナのことは完全に対岸の火事なのでしょう。
戦火に苦しむ人たちの気持ちを思えば、人としてこのような話題など出せないハズです。

日本への侵略については、された時点ですべてが終わりでしょうね。
肝要なのは、そうならないためにはどうするのかという視点だと思います。
武装による抑止力が必要とという意見も多いですが、私は反対ですね。
なぜなら、それもまたプーチンと同じ穴の狢になるからです。

今回の件をみてもわかるように、戦争とは指導者や群衆の妙な被害妄想から始まるモノです。
このような芽をいかに摘んでいくのかが、一番求められることではないのでしょうか?
そして抑止力は、この被害妄想のリスクを高めることにつながるのです。

もちろん、これを綺麗事と感じる人も多いかもしれません。
しかし、絶対的に戦争反対を唱えるのなら、結論はこれしかないように思いますね。
いまは、ネットの自動翻訳で、他国とのコミュニケーションもとりやすくなっています。
決してきれいな絵空事ではないと信じています。

そして、もし日本がウクライナのように侵略されたら、私は逃げますね。
卑怯者、裏切り者といくら罵られようと、私は武器など手に取らず一目散に逃げます。
これが、日本が侵略されたときの、私の答えです。

結局、戦争というのは震災のような自然災害と同じなのですね。
人間が始めることとはいえ、誰かが止めようとして止められるモノではないのです。

であれば、逃げるのが最善策、自ら火中に飛び込む必要などどこにもありません。
どのような形でも、最終的には生き延びることが一番大切です。
最後に自分を守ってくれるのは自分自身、あらためて肝に銘じておきたいと思います。